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豆彦氏退院おめで豆☆ 新生児一過性多呼吸からの復活の軌跡

投稿日:2018年1月2日 更新日:

豆彦のあんよ

こんにちは、セム(@ssem1622)です。

2018年、今年の初記事でございます。

昨年末、またまた韓国にて息子第2号の豆彦を出産したのですが、Twitterでもつぶやいていた通り呼吸状態が悪く別の病院に搬送されてしまい(あとで新生児一過性多呼吸だったとわかる)、出産後も数日会えない状況が続きました。

しかし幸い、おかげさまで2017年内の退院が叶い、新年を一緒に迎えることができました。辛かったけど貴重な経験をさせてくれた豆彦に感謝の意を込めて、今回の出産からNICU入院、退院までの経験を豆ブロでシェアしていきたいと思います。

予定帝王切開での出産から転院決定まで

以前の豆ブロ記事でもご紹介したとおり、前回帝王切開で産んだこともあり、今回は予定帝王切開となりました。38週0日のタイミングで予定を組んだため、リスクもまぁないだろうと思ってました。

しかし出産というのは何が起こるかわからないものですね…まだ麻酔が完全に覚めきっておらずベッドで横になってる時に急に主治医の先生がやってきました。

お母さん、赤ちゃんの呼吸状態があまりよくなくて、通常よりかなり息が荒くて酸素が足りてないみたいだからちょっと大きな病院で診てもらったほうがよさそうです。今、提携の大学病院をあたってるところなので、決まったらお知らせします。

お父さん、病院が決まったらすぐにドクターカーで移動になるので準備をしてください。

セム
…なんとかよろしくお願いします…

前回豆太郎の時は何も起こらなかったのでてっきりこの出産は安全だと思ってました。今更になって、マンガ コウノドリの中で何度も出てくる「絶対に安全なお産なんてない」という言葉が思い出されました。

30分ほどして病院が決まり、少し遠くの大学病院へ。うちの近くにも大きな病院があるのですが、そこはNICUのベッドが満床とのことでした。

一度自宅に帰ってもらったお義母さんにもまた来てもらい、セムダーは赤ちゃんとドクターカーで移動…手術中に意識が飛んでしまって産声も聞けなかったのに、顔を見る間もなく遠くに行ってしまいました…

なかなか知らされない症状と病名

結局状況も何もわからないまま運ばれて行った豆彦…帰ってきたセムダーの話を聞いてもちゃんと説明されなかったらしく、とりあえず酸素チューブが入っているということしか把握できず、モヤモヤした日々を過ごしました。

病名も原因も分からず、何が起こったのかもわからない。

毎日セムダーが面会に通うものの、先生からも明確な治療法などについての案内や退院の目処も立たないまま帰ってくる日々。わたしには何もできないし今すぐ会いにいってやることもできないため、もどかしい時間だけが過ぎていきます…

毎日決められたわずかな時間(一日20分間まで)に合わせて毎日1時間車を走らせてはカカオトークのビデオ通話をする毎日。見た目には元気そうなので余計に入院という状況に納得がいかず…という日々でした。

これかなと思われる病名が判明: 新生児一過性多呼吸

産まれた病院から出された診療依頼書や酸素チューブ治療が行われている点、肺に残った羊水が原因ということなどを総合してGoogle先生に聞いてみたところ、どうも「新生児一過性多呼吸」っぽいことがわかってきました。

新生児一過性多呼吸とは?

新生児一過性多呼吸(新生児湿性肺症候群)は、出生後、肺の中に過剰の液体があるために一時的な呼吸困難が起こって、血液中の酸素レベルが低くなる病気です。 この病気は通常、陣痛が始まる前に行われた計画的な帝王切開で予定よりほんの数週間早く生まれたか、予定通り生まれた新生児に起こります。

引用元: MSDマニュアル家庭版

考えられる原因と治療内容

本来は産道を通る際に胸が圧迫されて肺から羊水が排出されるのですが、帝王切開などで産まれた赤ちゃんの場合うまく排出されず肺に残ってしまうことがあるそうです。

豆太郎の時は陣痛からの緊急帝王切開でしたが、豆彦の時は予定帝王切開だったので陣痛や子宮の収縮等がない状態だったので羊水が残ってしまったのかもしれません。

調べていくうちに酸素吸入治療が効果あるとあり、ちゃんと適切な治療が受けられているようでホッとしました。

産後5日目、ようやく初面会

産後5日が経過し、わたしが先に病院を退院し、産後調理院に向かうことに。

本来なら産後100日は冷たい風には当たってはいけないと言われ極力外出を避けるのですが、どうしても豆彦の顔が見たいと無理を言って外出させてもらい、調理院に移動したその足で大学病院ヘ。病棟までの距離がかなりあり、歩くのもままならない状態でしたが豆彦の顔見たさに頑張りました。

豆彦が過ごした大学病院のNICU(新生児集中治療室)の面会時間は12時からで、身分証明書を提示した両親のみが面会を許されています。時間厳守のため、家族らが冷凍母乳を片手に集まっています。

時間に遅れると入室自体ができなくなるのでみなさん5分前集合を徹底していました。

手続きを終えて入ってみるとたくさんの保育器があり、豆彦もその中にいました。初めて直接見た豆彦はいろんなモニターにつながれていましたが元気そうで、面会時間中涙が止まりませんでした。残念ながら保育器に入っているので触れることはできません。

そして入室からわずか20分後、お別れの時間に。退院予定を聞きましたが「先生じゃないと分かりません」の一点張りで予定日すら聞くことができないまま帰路につくことになりました。やはりこの日もモヤモヤ…この時点では何も治療らしいことは行われておらず、様子見だけの状態だったからです。(酸素チューブを抜いてからしばらく様子を見ると言われていた)

夜に再び病院から連絡があり、予防接種どうするかと聞かれました。この電話のあと、ひょっとしたら明日…という淡い期待も持ちつつ眠りについたのでした。

産後6日目、ついに退院

6日目の朝、今日も面会か〜と思いながら午前中を過ごしていたところ病院から電話が入りました。

今日退院なので、退院の準備をしてきてください
セム
イエス!

待ちに待った電話でした。

セムダーがせっせと準備をし、お迎えに。こうして初抱っことなったのでした。

NICUに通うパパママ、ファイティン

おかげさまで今は元気にスクスクと大きくなっています。今いる場所も産後調理院で新生児ケアのプロがお世話をしてくれているのでもしもの時も安心です。

今回のことでNICUというこれまでマンガでしか知らなかった世界を実際に目にする中で、そこに通う両親たちの姿や気持ちが少しではありますが実感できました。

わたしたちはたったの5日で済みましたが、何ヶ月も子どもと離れてNICUに通うパパママたちの気持ちを想像するだけで本当に胸が張り裂けそうになります。

豆彦の入院をきっかけにいろいろ感じることがあり、多くのことを学びました。

セム
せっかく元気になった新しい命、大切に育てていこうと思います。

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  • この記事を書いた人

セム(@ssem1622)

韓国ソウルの某ソフトウェア会社で日本マーケティング統括担当として働く豆(育休中)。Udemyでイラストを教えたりなど、コンテンツを作って収益化するのが趣味であり仕事。 ♡LOVE→ポッドキャスト/ヌメ革/枝豆 プロフィール詳細ページはこちら

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